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千葉地方裁判所 平成5年(行ウ)7号 判決

原告 清水建 外一六名

被告 千葉市長

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、仮称三角町清掃工場工場棟新築杭打工事請負契約に係わる請負代金総額四億三六三〇万八〇〇〇円及び同工場プラント設備工事請負変更契約に係わる請負代金総額一八五億六八八〇万円をいずれも支出してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文と同趣旨

2  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らは、いずれも千葉市の住民であり、被告は、千葉市の市長である。

2  被告のなそうとしている違法支出行為

(一) 違法支出行為に関する議決及び契約の締結

被告は、平成五年一月二一日、千葉市議会臨時議会において、仮称三角町清掃工場(以下「本件清掃工場」という。)工場棟新築杭打工事(以下「本件杭打工事」という。)の請負契約の締結に関し、契約金額を四億三六三〇万八〇〇〇円、請負者を利根地下技術・ノザキ建工建設共同企業体(以下「訴外共同企業体」という。)とする議案を提出し、これを可決成立させ、同日、右請負契約を締結した(以下「本件杭打工事請負契約」という。)。

さらに、被告は、同日、右臨時議会において、本件清掃工場プラント設備工事(以下「本件プラント工事」という。)の請負契約に係わる工事概要、契約金額及び工事日数を変更する議案を提出し、これを可決成立させ、同日、三菱重工業株式会社(以下「三菱重工」という。)との間で本件プラント工事の請負変更契約を締結した(以下「本件プラント工事請負変更契約」という。)。

これらにより、被告が本件杭打工事請負契約代金として四億三六三〇万八〇〇〇円を、本件プラント工事請負変更契約代金として一八五億六八八〇万円をそれぞれ支出しようとしていることは明らかである。

(二) 違法事由

(1) 本件杭打工事請負契約の違法事由

被告及び千葉市は、指名競争入札の方法によって本件杭打工事請負契約を締結したものであるとしているが、それは形だけのことであり、実際は、被告及び千葉市の幹部職員と訴外共同企業体が共謀のうえ、入札に加わった他の共同企業体と談合した結果締結したものであって、地方自治法二三四条三項に定める指名競争入札の公正な手続を経ない違法なものというべきである。

原告らが右談合があったと主張するのは、次の事実に基づくものである。

ア 本件杭打工事は、昭和六三年一二月二〇日共同企業体が契約金額三億七九〇〇万円で一旦請け負ったが、本件清掃工場の建設そのものについて住民の同意が得られず工事の着工が遅延していたため、国の要請により、千葉市は、平成元年二月三日国庫補助金の申請を取り下げ、同年三月国庫補助金の内示が取り消されたため、千葉市は、同年六月二八日右契約書四三条一項に基づき右請負契約を解除した。

右の経過に照らすと、千葉市は、平成元年一月頃には、いずれ本件杭打工事の請負契約を解除せざるをえなくなるであろうことを確実に予測できたはずである。それにもかかわらず、千葉市は、同年一月二六日、前払金として訴外共同企業体に対し四四三七万円を支払い、国庫補助金の申請を取り下げた事実を千葉市議会及び訴外共同企業体に秘匿したまま本件杭打工事を着工させたものである。

イ 右本件杭打工事請負契約の解除に伴い、千葉市は訴外共同企業体に対し損害賠償責任を負うに至った(その額は、千葉市の査定では六六三一万七九六八円であり、訴外共同企業体の査定では九九九九万四一七三円であった。)。したがって、千葉市は、訴外共同企業体に対し、清算金(解除に伴う損害賠償金+解除までの出来高相当額-前払金)を支払わなければならなかったはずである(なお、右の出来高相当額は二八六一万一三六二円であった。)。

ところが、訴外共同企業体は、右の損害賠償請求権を放棄し、平成四年一二月一八日前記前払金から出来高相当額を差し引いた一五七五万八六三八円を千葉市に返還したが、これにより右損害賠償相当額を千葉市に贈与したものというべきであり、それは訴外共同企業体が再度本件杭打工事を受注し被告及び本件杭打工事請負契約の締結に関与した千葉市の幹部職員の責任を免れさせるためであった。

ウ そして、前記のとおり、被告及び千葉市の幹部職員と訴外共同企業体が共謀のうえ、他の共同企業体と談合して訴外共同企業体が落札し、本件杭打工事請負契約を締結したものである。

(2) 本件プラント工事請負変更契約の違法事由

本件プラント工事は、昭和六三年六月二二日、三菱重工が工期一〇〇〇日で一旦請け負ったが、住民の同意が得られず工事の着工が遅延した。その後、平成三年三月一三日、平成二年度(会計年度を指す。以下同じ。)の国庫補助金の申請の取下げの事実が市議会に秘匿されたまま、工期を二一〇八日とする工期延長議案が提出され、右議案は、同月二二日可決された。そして、国庫補助金の内示の取消通知が同月二四日千葉市に到達したため、被告は、一旦本件プラント工事の着工をとりやめたが、その後、平成四年度の国庫補助金の内示を得ることができたので、三菱重工との間で本件プラント工事請負変更契約を締結した。

しかしながら、右変更契約は、旧契約の破棄と新契約の締結という契約の全面的変更に該当するから、新たな一般競争入札によるべきものであり、随意契約によることができる例外的場合に当たらないのに、一般競争入札をせずに締結したことは、地方自治法二三四条二項及び同法施行令一六七条の二に違反し、違法である。

3  回復の困難な損害を生ずるおそれ

以上において述べたように、本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約は、違法であり、いずれも私法上無効と解すべきものであるから、被告が前記各支出をすることは、当該支出相当額の損害を千葉市に与えることになる。これらの支出は、その額の大きさからみて一旦支出されれば、その回復は困難である。

4  監査請求及び監査結果の通知

原告ら全員を含む千葉市住民五四七名は、前記各違法な支出について、千葉市監査委員に対し、平成五年一月二二日、支出の差止めを求める措置請求をなしたところ、同監査委員は、同年三月一九日、請求人らに対し、当該請求はいずれも理由がない旨の通知をした。

原告らは右監査結果の全部について不服である。

5  よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告に対し、本件杭打工事請負契約代金四億三六三〇万八〇〇〇円及び本件プラント工事請負変更契約代金一八五億六八八〇万円の各支出の差止めを求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告適格の欠如

(一) 地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく公金の支出の差止めを求める訴えは、当該公金の支出について支出権限を有する者を被告としなければならないところ、千葉市においては、千葉市予算会計規則(平成四年規則第九七号。以下「会計規則」という。)二条八号及び一一号、四条一項、四九条の規定により、地方自治法二三二条の四第一項所定の収入役に対する支出命令権限が経理主任に委任されている。したがって、原告らの本件訴えは、被告とすべき者を誤った不適法なものである。以下に、その理由をふえんして主張する。

(1) 会計規則四九条一項は、地方自治法二三二条の四第一項を受けて、「支出の命令は、支出命令者が支出命令書により決裁し、関係書類を添付して収入役に送付することにより行うものとする。」と規定し、同二条一一号は支出命令者とは経理主任をいうと定めているから、支出命令権限が千葉市長から経理主任へ委任されていることは明らかである(また、会計規則四条一項五号は、経理主任の職務として支出命令書の発行手続をあげている。なお、二条八号は経理主任となるべき者を定めた規定である。)。

(2) ところで、原告らの指摘するとおり(後記三1(一))、市長の権限に属する事務の処理に関し必要な事項を定める千葉市決裁規程(以下「決裁規程」という。)は、市長の権限に属する事務で下位職員の専決事項とするものの一として「単価契約に基づく支出の決定」を規定しているが(別表第一2財務に関する事項(2)歳出予算の執行(30))、右にいう「支出の決定」とは、会計規則別表第一から明らかなとおり、支出負担行為を意味するものであって支出命令とは全く別個のものである。

また、「千葉市決裁規程の運用について」(助役から各所属長あての通知。以下「決裁規程の運用について」などという。)が、別表「決裁又は専決事項のうち合議すべき事項」の中に「車両の修繕に係る支出命令」(予算の執行に関する事項(6))及び「公債費に係る支出命令」(同(7))をあげていることも原告らの指摘のとおりであるが、支出命令権限が市長から経理主任へ委任されても、補助職員である経理主任に対する市長及び助役の一般的指揮監督権限まで失われるわけではなく、右各規定は、助役が右の一般的指揮監督権限に基づいて経理主任に対して関係課長と合議することを指示する事務手続を定めたものにすぎない。

したがって、右各規定によって支出命令権限が千葉市長に留保されているということはできない。

(二) 地方自治法二四二条の二第一項一号所定の差止請求は、不作為の命令を求める給付訴訟であり、その判決によって生ずる効果は、不作為義務の確定にとどまる。仮に、市長が地方自治法一五四条の一般的指揮監督権限によって経理主任の支出命令を事前に差し止めることができるとしても、右の差止めは、市長に対し積極的な指揮監督権限の発動という作為を求めることになり、同項一号の差止請求として認められるものではない。同項一号の差止請求としては、あくまでも支出命令権限を有する者を被告とし、その権限の不行使(不作為)を求める以外にはないのである。

2  二重起訴禁止及び別訴禁止

(一)(1) 原告らのうち、原告広瀬勝子、同山近勉、同奥野卓己を除くその余の原告らは、平成四年六月五日、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件杭打工事請負契約代金四億三六三〇万八〇〇〇円及び本件プラント工事請負変更契約代金一八五億六八八〇万円を含む本件清掃工場建設に係わる平成四年度以降の総事業費三〇六億三三〇〇万円の支出の差止めを求める訴えを提起し、別件訴訟(千葉地裁平成四年(行ウ)第一〇号事件)として係属中である。

すなわち、別件訴訟と本件訴訟とは同一事件であり、別訴請求と本訴請求とは同一の請求である。

したがって、右原告三名を除くその余の原告らの本件訴訟は、民事訴訟法二三一条の禁ずる二重起訴に該当し、不適法である。

(2) また、地方自治法二四二条の二第四項は、「第一項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもって同一の請求をすることができない。」と規定している。

したがって、本件訴訟に係る公金支出差止請求は、既に別件訴訟として係属中であり、原告広瀬勝子、同山近勉、同奥野卓己の本件訴訟は、右の別訴禁止規定に反し不適法である。

(3) よって、原告らの本件訴訟は、いずれも不適法なものであるから、却下されるべきである。以下、別訴請求と本訴請求が同一であることについてふえんして主張する。

(二) 差止請求訴訟の訴訟物は、当該財務会計上の行為に係る差止請求権の存否である。したがって、差止請求の対象となる財務会計上の行為が同一である以上、訴訟物は同一であり、個々の違法事由ごとに訴訟物が別個となるものではない。

(1) すなわち、違法事由が異なれば請求が異なることになり、訴訟物が別個となるとの考え方は、請求の同一性の問題と請求を理由付ける事実である攻撃防御方法とを混同するものである。

(2) 行政訴訟である抗告訴訟の性格は、形成訴訟と解すべきであり、そこにおいては違法一般が訴訟物であり、個々の違法事由ごとに訴訟物が別個になるのではないと解されている。他方、差止請求訴訟もその認容判決の確定によって当該執行機関又は職員の違法行為を差し止めるという形成的な法的効果を生じるものである。そして、差止請求訴訟においては、その要件が法律上列挙されておらず、財務会計上の行為の違法確定に右の形成的な効果が結び付けられている。このような場合には、違法一般の主張そのものが一個の請求であり、個々の違法事由ごとに請求が別個になるものではない。

(3) 原告らは、後記のとおり(三2(二))、監査対象としての財務会計上の行為について、直接の違法事由としての先行行為と後行行為をセットで考え、セットが違えば監査対象としての財務会計上の行為としても異なると主張する。右主張が、住民が監査請求手続において主張する違法事由が異なれば監査請求も別個となり、差止請求も別個になるとの趣旨であれば、誤りである。

すなわち、最高裁判所昭和六二年二月二〇日判決(民集四一巻一号一二二頁)が判示したように、「住民の主張する違法、不法事由や提出された証拠資料が異なることによって監査請求が別個のものになるものではな」く、「住民訴訟は、監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実についてこれを提起するものとされているのであって、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止されていない」のである。

(4) 以上のように解したとしても、別件訴訟における原告は、新たな違法事由として本件訴訟における違法事由を主張することができるから、何ら不都合はない。また、別件訴訟の原告以外の者も適法な監査請求を経た上で別件訴訟に共同訴訟参加する手段が保障されているから不都合はない(東京高等裁判所昭和四六年五月三一日判決判例時報六三四号三一頁)。

ただし、本件における原告らが別件訴訟において前の住民監査請求時には存在しなかった新たな違法事由を主張するには新たに住民監査請求を経る必要があるとの見解が成立する余地は十分にある。しかし、このことは訴訟物の同一性とは直接関係のないことである。前に主張したように住民訴訟としての差止請求の訴訟物は、当該財務会計上の行為の違法一般であり、地方自治法が採用する住民監査請求前置主義との関係で違法事由の主張が制限されるにすぎない。すなわち、前の住民監査請求時に存在しなかった新たな違法事由を住民訴訟で主張するには、その違法事由の存否につき一旦住民監査請求のスクリーンを通すべきであるというにすぎず、訴訟物まで別個になるわけではないのである。

(5) 二重起訴禁止及び別訴禁止は、他に同一の請求に係る訴訟が係属している間、問題となるにすぎず、別件訴訟が終了していれば、問題は生じない。既判力の基準時は、別訴の事実審の口頭弁論終結時であるから、新たな違法事由が右基準時前に生じていれば、別訴の原告は、それを主張することができるし、新たな違法事由が右基準時の後に生じたのであれば、別訴の既判力が及ばないことは当然である。

(6) そもそも地方自治法は、住民訴訟につき別訴禁止の規定を置き、判決が区々になることを可及的に防止している。本件における原告らは、別件訴訟においても本件におけると全く同様の違法事由を主張しているものであるから、判決の結果が理論的に区々となる可能性があり、これは地方自治法の許容するところでないことは明らかである。

3  回復の困難な損害を生ずるおそれの不存在

地方自治法二四二条の二第一項一号所定の差止請求は、当該行為によって普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるときにのみ許されるものである。

本件訴訟において原告らが差止めを求める公金支出は、原告ら自身の主張からも明らかなとおり、本件清掃工場建設のためであり、右公金支出により、千葉市はその反面として、これに見合う清掃工場という施設(財産)を取得するものであって、千葉市には何らの損害も発生しない。

したがって、原告らの本訴請求は、差止請求の訴訟要件を欠き、不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  被告適格について

(一) 以下において述べるように、会計規則によって支出命令権限がすべて経理主任に委任され、市長には全く権限が残されていないということはできない。

(1) すなわち、第一に、権限の委任が権限の委譲を意味し、当該事項についての千葉市長の執行権限の有無ひいては被告適格の有無に係わる重大な問題であるならば、権限の委任がなされているかどうかは委任規定の文言上明確でなければならないが、会計規則には権限の委任という文言はないし、会計規則二条一一号の「支出命令者 経理主任をいう」との定義規定、四条一項及び四九条一項からは、千葉市長から経理主任に対し支出命令権限の委任がなされているか、千葉市長の支出命令権限が剥奪されているかは一義的に明確でない。したがって、これらの規定から支出命令権限が市長から経理主任に委任されていると解することはできない。

(2) 第二に、決裁規程は、市長の権限に属する事務の処理に関する必要な事項を定めるものであるが、専決事項の一として「単価契約に基づく支出の決定」をあげており(別表第一2財務に関する事項(2)歳出予算の執行(30))、また、決裁規程の運用についても、その別表「決裁又は専決事項のうち合議すべき事項」の中に「車両の修繕に係る支出命令」(予算の執行に関する事項(6))、「公債費に係る支出命令」(同(7))をあげている。これは、これらの行為について個々的に市長が支出命令権限を有していることを意味するにとどまらず、被告が一般的な支出命令権限を有することを意味すると解される。すなわち、会計規則よりも下位規範である決裁規程によって会計規則の例外を定めることは特別の授権がない限り不可能なはずであるが、それにもかかわらず、右各行為について決裁規程が規定を設けているということは、会計規則によって一般的に被告の支出命令権限は剥奪されていないことを意味すると解されるのである。

また、被告は、右の決裁規程の運用についての別表に支出命令を掲げているのは、市長の一般的指揮監督権限を示すものであると主張するが、その一項は、専決事項が市長の権限に属する事務の一部であることを明らかにしており、これが単に市長の一般的指揮監督権限を意味するものでないことは明白である。

(3) したがって、会計規則の規定にかかわらず、被告は、一般的な支出命令権限を有し、それは、経理主任の個々的な支出命令行為に対する停止命令を含む監督・是正という形で行使されることになる。

(二) 仮に、会計規則によって経理主任にすべての支出命令権限が委任されているとしても、委任者である千葉市長も被告適格を有するものである。

(1) 地方自治法二四二条の二第一項四号の損害賠償請求に関して、最高裁判所は、同号にいう「当該職員」とは当該財務会計行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいうと判示したが(最高裁判所昭和六二年四月一〇日判決民集四一巻三号二三九頁)、同項一号の請求が同項四号の請求に対していわば事前の救済方法を住民に保障したものであることからすると、執行権限を有する者だけでなく執行を取り消し又は停止する権限を有する者をも被告に加えることが差止請求の趣旨からは望ましいと考えられる。

したがって、右最高裁判所判決の射程距離を同条四号前段の損害賠償請求の場合にのみ限定して解する必要はない。

(2) 被告適格の有無の判断に当たっては、委任庁に対して差止判決を得ることによって当該支出を差し止めることが可能であるか否かが要点であるから、委任庁が地方自治法一五四条の指揮監督権限によって差し止めることができる以上、委任庁の被告適格を肯定することができる。

委任者の被告適格を否定した裁判例の中には、地方公共団体の長が委任事務について監督権限に基づいて支出命令の全部又は一部を取り消す権限を有することを肯定しながら、それが事後的な抑制作用としての是正権限にすぎないとして差止請求の被告適格を否定したものがある(東京高等裁判所昭和五七年四月二八日判決行集三三巻四号九一六頁)。しかし、委任事務の監督権限に違法支出の事後的取消権限が含まれることを肯定しながら事前の差止権限は含まれないとすることは、説得力がない(しかも、取消権限の方が法的安定性を覆す点でより強い権限である。)。

(3) さらに、被告が地方自治法二四二条の二第一項四号前段の請求に関する前掲最高裁判所昭和六二年四月一〇日判決の結論を是認しながら、他方で同項一号の請求において委任者の被告適格を否定するのであれば、被告の目前で経理主任が違法支出を行おうとしているときにこれを阻止する権限を認めないことになるが、右の違法支出の後始末の責任だけは負わされるという不当な結論となるのである。

(4) さらに、最高裁判所平成五年二月一六日判決(判時一四五四号四一頁)は、同項四号の損害賠償請求に関して、普通地方公共団体の長が広範な財務会計上の行為を行う権限を有する者であって、その職責及び権限の内容が重大であることを実質的根拠に、損害賠償請求の被告適格を肯定したが、その考え方は、同項一号の差止請求の場合にも妥当するというべきである。

(5) (被告の本案前の主張1(二)について)

被告の指摘するとおり、差止請求は不作為の命令を求める給付訴訟であるが、不作為とは具体的に何もしないことを意味するのでなく、ある行為をしないことであり、その意味で一定の行為に対する評価的概念である。本件において「支出しない」と評価されるための行為が指揮監督という作為を伴うものであっても、その指揮監督の内容は一義的で明確であり、そうであれば同項一号に定めるところの不作為を命じる給付訴訟としての本質は何ら損なわれないというべきである。

(6) また、行政機関がその権限の一部を他の機関に委任し、これを受任機関の責任と権限において行わせるためには法の明文の根拠を必要とし、しかも当該委任の根拠規定は原権限を委任庁に付与する法律自体に置かれるのが通例である。これに対し、「普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を当該地方公共団体の吏員に委任し、又はこれをして臨時に代理させることができる。」と定める地方自治法一五三条一項はその例外をなすものであって、地方公共団体の長が地方自治法以外の法律の規定によりその権限に属するものとされた事務の一部を同項の規定に基づいて吏員に委任しているか、また委任によってその権限をまったく喪失しているかどうかは、法律の専門家でも容易には知りえない。まして、本件のような住民訴訟においては、住民は、処分の名宛人ではなく、処分行政庁を直接知り得ない立場にあるから、当該財務会計行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者の両方に広く被告適格を認めないと、住民に不可能を強いることになり、実質的に住民の裁判を受ける権利を否定することになりかねない。

他方、委任庁に被告適格を認めたとしても、委任庁は、受任庁に訴訟を告知して参加させることは容易であり、本案判決の結果を委任庁の是正権限等によって受任庁に指示することも容易であるから、不都合はない。

2  二重起訴禁止及び別訴禁止について

本件訴訟は、以下に述べるように、二重起訴に当たらず、別訴禁止規定にも反しない。

(一) 請求の趣旨及び原因の相違

(1) 請求の趣旨の相違

別件訴訟における差止めの対象となる財務会計上の行為とは、平成四年二月の千葉市一般廃棄物処理基本計画に基づく本件清掃工場建設計画を実行するための支出負担行為と公金支出行為のすべてを含むものである。

これに対し、本件訴訟で差止めの対象としている財務会計上の行為は、本件杭打工事請負契約代金総額四億三六三〇万八〇〇〇円及び本件プラント設備工事請負変更契約代金総額一八五億六八八〇万円のそれぞれに係わる公金支出行為である。

このように、両者は、請求の趣旨において明らかに異なるものである。

(2) 請求原因としての違法事由の相違

別件訴訟の請求原因における違法事由は、本件清掃工場の建設計画自体(先行行為)の違法である。すなわち、別件訴訟においては、非財務的事項の違法を理由として、財務会計上の行為(後行行為)としての前記支出負担行為及び公金支出行為の差止めを求めているのである。

これに対し、本件訴訟の請求原因における違法事由は、右建設計画に基づいて行われた各工事請負契約締結行為(先行行為)の違法性である。すなわち、本件訴訟においては、財務的事項の違法を理由として、財務会計上の行為としての前記公金支出行為(後行行為)の差止めを求めているのである。

このように、両者の請求原因が異なることは明らかである。

(二) 住民訴訟における訴訟物の同一性について

ところで、被告は、別訴請求と本訴請求における各財務会計上の行為は同一であるから、訴訟物も同一であると主張するので、反論する。

(一)で述べたように、差止請求においては、直接の違法事由たる事実(先行行為)とこれに基づいてなされる財務会計上の行為(差止めの対象)が区別されるのであるが、住民監査請求においてその対象として監査委員が調査すべき事項は、先行行為についての違法性の有無とその違法性が差止の対象となる後行行為の違法をもたらすかどうかという問題のすべてにわたると理解される。

このような構造にかんがみると、監査対象としての財務会計上の行為とは、右の先行行為と後行行為をセットで考えるべきであり、セットが異なれば監査対象としての財務会計上の行為も異なると考えるべきである。なぜなら、最も問題となるのは先行行為の違法性であり、それによって結論が左右されることになるからである。

(三) 訴訟物の同一性の判断基準

さらに、住民訴訟における訴訟物の同一性を判断するにあたっては、民事訴訟法二三一条が二重起訴を禁止し、地方自治法二四二条の二第四項が別訴を禁止して濫訴の弊害を防止した趣旨及び住民監査請求前置制度との関連性を勘案して合目的的に判断すべきである。

(1) 別訴禁止規定の趣旨は、濫訴を防止し、重複した審判をなす無駄を防止し、矛盾した判決による法律関係の混乱を防止することにある。この趣旨は、二重起訴禁止規定にもあてはまる(民事訴訟法二三一条と別に地方自治法二四二条の二第四項が規定されたのは、前者が当事者の同一性を要件としていることに鑑み、第三者にも別訴禁止の範囲を広げることが妥当との政策的判断に基づく。)。

本件訴訟と別件訴訟は、本件清掃工場建設に係わる支出である点では同一であるものの、前述したように請求原因の中心をなす先行行為の違法事由の内容が全く異なっており、別々に裁判を行うことが無駄であると一概に断定できるものではない。

さらに、原告らの中には、いずれかの裁判の一つに勝訴すれば良いと考えている者もいれば、本件清掃工場の基本計画自体には疑問は持っていないが、本件杭打工事請負契約が談合によって行われたことが許せないと考えている者もいるかもしれない。いずれにせよ、異なった判決によって法律関係を混乱させるような問題は存在しない。

さらに、本件訴訟と別件訴訟では、それぞれの先行行為の違法事由が生じた時期が大きく隔たっている。したがって、本件訴訟における請求原因を別件訴訟において主張することは現実に不可能であり、本件訴訟は濫訴に当たらず、訴訟経済上の問題も生じようがない。

(2) 被告は、訴訟物の同一性は各訴訟類型ごとに所与のものであり、住民監査請求前置制度との関連で合目的的に導かれるものではないと主張する。しかし、その立場によっても、前訴の口頭弁論終結時以前に違法事由が発生していたが、住民監査請求を行っている間に前訴が終結してしまった場合に、別訴の提起ができないとの結論を導き出すことはしないと思われるが、そうであれば、口頭弁論終結時を基準とする訴訟物の同一性の判断が住民監査請求前置制度によって既に修正を受けていることになり、被告の主張が誤っていることを示すことになる。

(四) 以上において検討したところから明らかなように、本件訴訟は、別件訴訟との関係において、二重起訴に当たらず、別訴禁止規定にも反しない。

3  回復の困難な損害を生ずるおそれの要件について

地方自治法二四二条の二第一項但書の定める「回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」の要件は、訴訟の適法要件ではなく、実体要件であって、訴えの適否とは無関係である(なお、本訴請求が右の要件を充たすものであることは、請求の原因3において述べたとおりである。)。

四  請求の原因に対する被告の認否及び反論

1  請求の原因1は認める。

2(一)  請求の原因2(一)は認める。ただし、本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約が締結されたのは、いずれも平成五年一月一三日である。

なお、本件杭打工事については、平成五年五月及び六月に支出命令がなされ、結局、全額支出済みである。

(二)(1)  請求の原因2(二)(1)のうち、本件杭打工事は、昭和六三年一二月二〇日、訴外共同企業体が契約金額三億七九〇〇万円で一旦請け負ったこと、平成元年三月に国庫補助金の内示が取り消されたこと、同年六月二八日に右請負契約が解除されたこと、千葉市が国庫補助金の申請を平成元年二月三日に一旦取り下げたこと、同年一月二六日に千葉市が前払金として訴外共同企業体に四四三七万円を支払ったこと、訴外共同企業体が着工したこと、訴外共同企業体が損害賠償の請求をせずに前払金と出来高分の差額に当たる一五七五万八六三八円を平成四年一二月一八日、千葉市に支払ったこと、訴外共同企業体が再度受注したことは認め、その余の主張は争う。

(2) 請求の原因2(二)(2)のうち、本件プラント工事請負契約が昭和六三年六月二二日、三菱重工との間で工期一〇〇〇日として締結されたこと、工期を二一〇八日とする工事延長議案が市議会に提出され、可決されたこと、千葉市が平成四年度の国庫補助金の内示を得たこと、その後本件プラント工事請負変更契約が締結されたことは認め、その余の主張は争う。

3  請求の原因3の主張は争う。

4  請求の原因4は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告の本案前の主張のうち二重起訴及び別訴禁止の主張について

被告は、本件杭打工事請負契約代金四億三六三〇万八〇〇〇円及び本件プラント工事請負変更契約代金一八五億六八八〇万円を含む本件清掃工場建設に係る平成四年度以降の総事業費三〇六億三三〇〇万円の支出の差止めを求める別件訴訟(千葉地裁平成四年(行ウ)第一〇号事件)が既に係属しているから、本件公金支出差止請求に係る訴えは、別件訴訟と本件訴訟の双方の原告になっている者については民事訴訟法の禁ずる二重起訴に該当し、別件訴訟の原告になっていない者については地方自治法二四二条の二第四項の別訴禁止規定に反し、いずれも不適法であって却下されるべきであると主張するので、まずこの点について判断する。

1  本件の経緯等

(一)  当事者間に争いのない事実、甲第二、第四、第五号証、乙第一号証の一、二、第五ないし第一一号証及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 本件清掃工場の建設計画は、昭和六二年二月、千葉市議会において、昭和六二年度から平成二年度までの継続事業として承認された。その後、工事の着工が遅れたことから、昭和六三年三月の千葉市議会において、継続費の年次割額を変更する議決がなされた。そして、昭和六三年三月ころから逐次各契約の締結が行われた。同年五月千葉市と三菱重工との間で一旦本件プラント工事の請負契約が締結され、同年七月には一定額の支出命令がなされて現実に支出がされた(後に平成五年一月に変更契約が締結された。)。また、同年一一月三〇日、千葉市と訴外共同企業体との間で一旦本件杭打工事の請負契約が締結された。

次いで、昭和六三年一二月の千葉市議会において、継続事業費の総額を一五八億二五〇〇万円とする補正予算案が議決された。しかし、その後、平成元年三月に国庫補助金の交付の内示が取り消されたため、千葉市は、同年六月前記本件杭打工事の請負契約を解除し、事業は一旦中断したかたちになったようである。

その後、被告は、平成四年三月、本件清掃工場の建設に関し、総事業費として平成三年度補正予算案に平成八年度までの継続事業費として三〇六億三三〇〇万円を計上し、さらに平成四年度予算案に本件清掃工場建設関係経費として二四億四四三六万九〇〇〇円を計上し、同月一八日、千葉市議会において右各議案を可決成立させた。

(2) 第一次監査請求

原告らのうち広瀬勝子、山近勉、奥野卓己を除くその余の原告ら及び早川順子(以下「別件訴訟の原告ら」という。)を含む総勢八七八名は、千葉市監査委員に対し、右議決直後の平成四年三月一八日、「本件清掃工場の建設に関する総事業費は、当初昭和六二年度から平成二年までの継続事業として一五八億二五〇〇万円であったが、平成八年度まで年度を継続した結果、総額が三〇六億三三〇〇万円となり、市長の失政により議会に提出する予算措置が遅れ、多大な損失(後記(3)イの五六億五四三〇万円)が生じた。さらに、焼却によるゴミ処理と循環処理システムのコスト比較を行うことにより、市民の負担をより少なくする努力をすることなく、また、市民が発足させている一般廃棄物処理基本計画策定千葉市民委員会の研究の結論を待つことなく、本件清掃工場の建設に係る事業予算が執行されれば、損失額が拡大するおそれがある。したがって、平成四年度から平成八年度に至る間の本件事業費のうち、少なくとも五六億五四三〇万円は、地方財政法四条一項に違反する違法な支出となるので、当該事業費の支出の差止めを求める。」旨の措置請求をなした。

右監査請求に対し、同監査委員は、同年五月八日、右監査請求は理由がない旨決定し、請求人らに通知した。

(3) 別件訴訟の提起

別件訴訟の原告らは、平成四年六月五日、千葉地方裁判所に対し、本件清掃工場建設に係わる平成四年度以降の総事業費総額三〇六億三三〇〇万円の支出の差止めを求める訴えを提起し、右別件訴訟は、千葉地方裁判所民事第三部に係属中である。そして、別件訴訟の原告らは、別件訴訟において差止めを求めるのは、右総事業費の執行としての支出負担行為のすべてと支出命令行為のすべてであると主張している。

別件訴訟において、別件訴訟の原告らが主張する違法事由は以下のとおりである。

ア 本件清掃工場建設に係る前記(1)の事業費の支出は、地方財政法四条一項の「地方公共団体の経費は、その目的を達するための必要且つ最小の限度をこえて、これを支出してはならない。」との規定に違反する。

そもそも清掃工場の建設に関係住民の理解と協力が必要なのは当然のことであって、その同意を得るために相当の月日を要することは当初から予想できたはずである。本件清掃工場の建設計画は、一般廃棄物処理に関する基本計画に裏付けされることなく、極めて安易に計画されたものであって、およそ関係住民の理解を得ることができないものであった。したがって、これらの当初事業計画の大幅な遅れと変更は、被告市長の故意又は過失による失政の結果であって、少なくとも右損失額相当の支出は、地方財政法四条一項に反する違法な支出である。

イ 前記アのような計画の変更によって本件事業費は一四八億八〇〇万円(変更後の総事業費三〇六億三三〇〇万円から当初の総事業費一五八億二五〇〇万円を差し引いた額)増額したが、少なくともそのうち、物価上昇分の五〇億九九三〇万円と国庫補助の基本事業費の基準額が平成三年度より引き下げられたことによる損失額五億五五〇〇万円の合計である五六億五四三〇万円は千葉市の損失である。

さらに、本件清掃工場の建設計画は全体として不可分一体のものであり、被告は未だに関係住民を納得させるだけの基本計画を開示していないことなどからすると、右の一部の支出のみが違法となるのではなく、総事業費である三〇六億三三〇〇万円の支出全部が地方財政法四条一項に反する違法なものとなる。

(4) 被告は、平成五年一月、千葉市議会の臨時議会において、議案を可決成立させるとともに、本件清掃工場に係る本件杭打工事請負契約(前記解除後の再度の契約)及び本件プラント工事請負契約変更契約をそれぞれ締結した。

(5) 第二次監査請求

原告ら全員を含む千葉市住民五四七名は、千葉市監査委員に対し、本件各契約締結直後の平成五年一月二二日、「本件杭打工事は、昭和六三年一二月二一日から平成元年四月一九日までの一二〇日の工期で訴外共同企業体が請け負ったところ、同年三月二二日に工期延長議案を可決させて、工事を強行しようとしたが、果たせず、同年六月二八日本件杭打工事請負契約を解除した経緯がある。この結果、前払金の返還問題や損害賠償問題が生じたが、その処理が不明であり、それが不明のまま再度訴外共同企業体が競争入札に応じ、落札したことは談合を裏書きするものであり、不適正価格である疑いがある。さらに、本件プラント工事請負変更契約は、工事概要、契約金額及び工事日数ともに大幅に変更されたにもかかわらず、議決事件の一部変更として処理されており、地方自治法二三四条に違反する。したがって、本件清掃工場建設事業が執行されれば、地方自治法二三四条及び地方財政法四条一項に違反する違法な支出となるので、当該事業費の差止めを求める。」旨の措置請求をなした。

右監査請求に対し、同監査委員は、同年三月一九日、右監査請求は理由がない旨決定し、請求人らに通知した。

(6) 現在の工事の進行状況

本件杭打工事については、平成五年四月九日、一億二四〇〇万円の支出命令が出され、同月二二日に支出がなされ、同年六月二八日、三億一二三〇万八〇〇〇円の支出命令が出され、同年七月一五日に支出がなされ、全額支出済みである。

また、本件プラント工事については、本件変更契約に基づき、今後支出命令が予定されている。

なお、今後支出負担行為が予定されているものもある。

(7) 別件訴訟の原告らは、別件訴訟において、本件で主張した違法事由と全く同様の違法事由の主張を記載した準備書面を提出、陳述して主張した。

(二)  別件訴訟と本件訴訟の関係

以上の経緯からも明らかなように、本件清掃工場に関する予算は次のように執行されるものと理解される。すなわち、予算が議決されると、本件清掃工場建設事業を構成する個々の工事について支出負担行為たる契約の締結等が行われ、締結された契約に基づいて支出命令がなされて現実に支払がなされるという過程をとるものである。

(1) ところで、別訴請求は、本件清掃工場建設に関する総事業費の支出の差止めを求めるものであるが、右のとおり、総事業費の支出は、個々の支出負担行為とそれに基づく支出命令によって行われるから、別訴請求は、後に具体化・現実化することが予定されているすべての支出負担行為(契約の締結等)の差止めとその契約に基づくすべての支出命令の差止めを求めるものである(したがって、当初の段階では、支出負担行為たる契約の差止めの点に実質上の意義があったと考えられる。)。

そして、その一部について支出負担行為たる契約が締結されると、その部分については契約に基づく支出命令が差止めの対象となり、支出命令及び支出が終了すればその部分は、差止めの対象からはずれていく関係にある。本件についても、本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約を含むいくつかの契約が締結されたので、本件訴訟の提起された時点では、未締結の契約等については支出負担行為及び支出命令の差止めを、既に締結された契約等については支出命令の差止めを求めることとなったものである。

(2) これに対し、本訴請求は、右の総事業費の支出のうち、既に締結された本件杭打工事請負契約に基づく支出命令と、本件プラント工事請負変更契約に基づく支出命令の差止めを求めるものであるが、前記のとおり、本件杭打工事請負契約に基づく支出は既に終了しているので、現時点では、本件プラント工事請負変更契約に基づく支出命令の差止めを求める点に意義があるものである。

(3) このように、本件訴訟で差止めの対象となっている本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約の各支出命令は、同時に別件訴訟の差止めの対象にもなっているものであり、本件訴訟の差止めの対象は別件訴訟の差止めの対象に包摂されその一部となる関係にある。

2  二重起訴禁止及び別訴禁止の趣旨

(一)  民事訴訟法二三一条は、「裁判所ニ継続スル事件ニ付テハ当事者ハ更ニ訴ヲ提起スルコトヲ得ス」と規定するが、これは、同一事件について二重に裁判が行われると、矛盾した裁判が行われるおそれがあるだけでなく、訴訟経済上も妥当を欠き、被告にも二重に応訴の負担を負わせることになるので、ある事件が既に係属しているときは更に同一の事件の訴えを提起することができないとしたものであり、後訴は不適法として却下される。そして、ここに事件が同一であるとは、請求=訴訟物が同一であることを意味するものと解される。

(二)  また、地方自治法二四二条の二第四項は、「第一項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができない。」と規定している。同法が右のように他の住民による別訴の提起を禁止したのは、住民訴訟が民衆訴訟(客観訴訟)であり、監査請求を前置した住民は誰でも出訴できるため、同一の請求について他の住民に別訴の提起を許すと、観念的には住民の数だけ同一の事件が裁判所に並行して係属することが考えられる結果、裁判所の判断の抵触や当該公金支出等の効果の法律的な不安定を招くおそれがあるためである(その反面、他の住民は、監査請求を経ていれば、係属中の訴訟に共同訴訟参加をすることができると解される。)。そして、同項にいう「同一の請求」とは訴訟物が同一であることを意味するものと解される。

3  差止請求訴訟における請求の同一性

そこで、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求における請求=訴訟物の同一性をどのような基準でとらえるべきかが問題となる。

(一)  財務会計上の行為の同一性

差止請求は、普通地方公共団体の執行機関の違法な財務会計上の行為について、その差止めを求めるものであるから、差止請求の同一性を判断するに当たっては、まず、財務会計上の行為が同一であるかどうかが検討されなければならない。

これを本件についてみると、前記のように、別訴請求は、本件清掃工場建設に関する総事業費の支出の差止め(未締結の契約については、支出負担行為及び支出命令の差止め、既に締結された契約については、支出命令の差止め。)を求めるものであり、本訴請求において差止めの対象とされているのは本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約に基づく各支出命令であるが、前示のとおり別訴請求の対象は本訴請求の対象を包摂する関係にあり、いいかえると、本訴請求で差止めの対象としている行為は、別訴請求の差止めの対象とされている行為の一部であってその行為については重複するものということができる。

(二)  違法事由との関係について

次に、原告らは、財務会計上の行為が同一あるいは重なるものであるとしても、別訴請求において主張する違法事由は本件清掃工場建設自体の違法(非財務的事項の違法)であるのに対し、本訴において主張するのは、各工事請負契約の締結行為の違法(財務的事項の違法)であって、差止めの原因となる違法事由が異なるから、両者の請求は別個であると主張する。

これに対し、被告は、差止請求訴訟の判決が形成的効果を生じるものであることを根拠に、差止請求の訴訟物は、行政処分の取消訴訟と同様に当該財務会計上の行為の違法一般であるから、財務会計上の行為が同一であれば、請求は同一であると主張する。

(1) 差止請求訴訟の法的性格

そこで、まず差止請求訴訟の法的性格について検討する。差止請求訴訟は、普通地方公共団体の住民が、訴えをもって裁判所に対してする当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対する違法な財務会計上の行為の全部又は一部の禁止を求める請求であり、民事上の差止請求がいずれも権利能力を有する原告の被告に対する実体上の請求権の訴訟上の主張であるのと異なり、その実質は、法が住民に対し当該執行機関または職員の違法な財務会計上の行為に対して、公権としての差止請求権を認めたものであって、形式的には裁判所が法の認めた権限に従って行う普通地方公共団体の長らに対する職務執行命令の発動を求める請求であるというべきである。このような観点からすると、一号の差止請求訴訟の法的性格は、不作為命令を求める給付訴訟と解すべきである(被告は、被告適格の項においては差止請求の性格を給付訴訟であるとしながら、他方で二重起訴等の主張の項においては形成訴訟であるかのようにいうが、後者の主張が取消訴訟と同じく形成訴訟であるというのであれば正当とは考えられない)。

また、一号の差止請求は、違法な財務会計上の行為がなされようとするときに事前に差し止めようとするものであって、行為がなされた後に取消しを求める二号の請求や四号の損害賠償請求に対し、いわば予防訴訟的な意義を有するものである。

(2) 右のように、差止請求が給付訴訟であり、かつ予防的意義を有する訴訟である点にかんがみると、取消訴訟と異なり、違法事由ごとに差止めの有無を判断すべきもの、すなわち違法事由ごとに別個の請求であると構成することも考えられなくはない。すなわち、取消訴訟は、行政処分がなされた後に事後的にその効力を失わせるべきか維持すべきかを決定するものであるから、原則として、当該訴訟においてその行為の違法性の有無全体を審理し、別訴を許さず、かつ判決が確定した後には新たな違法事由に基づく訴訟を許さないとするのが行政関係の法的安定をもたらす所以であり、行政行為に公定力を認めた趣旨とも合致すると考えられるが、これに対し、差止請求訴訟においては、財務会計上の行為の行われる前に訴訟が提起されるものであって、提訴の時点ではその違法性全体が住民に明らかになっていない場合も考えられるし、また、訴訟の提起自体は差止めの効力を持たないのであるから、違法事由ごとに別個の訴訟の提起を許しても、直ちに行政関係の安定を損なうとはいいがたいからである(ある訴訟において主張された違法事由が存在しないとして差止請求が棄却され確定した後に、他の違法事由に基づく訴訟の提起を認めても、必ずしもこれにより著しい弊害が生ずるとはいいがたい。)。

(3) しかしながら、現に一個の財務会計上の行為の差止めを求める請求訴訟が係属している場合において、原告は、違法事由の主張について限定されるわけではなく、監査請求との関連に基づく制限がありうることを別とすれば、同一訴訟手続の中ですべての違法事由を主張することができるのであるから、逆に、原則として、少なくともその時点で主張しうる違法事由のすべてをその訴訟において主張すべきものと解するのが相当である(差止請求訴訟は形成訴訟ではないが、公共団体の行為を事前に禁ずる命令を発するものであって、その効力の重大性は取消訴訟に近似するものである。)。同一の財務会計上の行為について違法事由ごとに多数の訴訟の提起を許すことは、訴訟の合理性ないし訴訟経済上も妥当でないし、前記2で判示した二重起訴を禁止した民事訴訟法や別訴を禁止した地方自治法の趣旨からも、右のように解するのが相当と考えられるからである。

したがって、同一の行為の差止めを求めるのに、違法事由を異にするからといって別の訴訟を提起できると解するのは相当でない。

なお、地方自治法その他関係法令において、違法事由ごとに差止請求訴訟を提起できるとか、違法事由ごとに請求を異にするとかの規定は存在しない。

(三)  段階的な支出と差止請求の同一性

次に、原告らは、別件訴訟においては、本件清掃工場の建設自体の違法(先行行為)の違法を理由としてその後の支出全体(後行行為)の差止めを求めるものであるのに対し、本訴においては、個々の契約の締結(先行行為)の違法を理由として契約の履行による支出(後行行為)の差止めを求めるものであり、このようないわば先行行為と後行行為のセット(組合せ)によって監査の対象も画されるし、差止請求訴訟の同一性も画すべきであると主張する。

(1) たしかに、本件清掃工場建設に関する総事業費の支出が前記のような段階を経てなされるものであることにかんがみると、右のような見解には一応の合理性があるように思われる。

すなわち、

ア 総事業費の支出の差止めを求める訴訟において、総事業費としてのすべての支出負担行為と支出命令等の差止めを求めるからといって、その当初の段階では、実際には、初期の段階で予定される契約の締結の差止に主眼があるのであるから、その時点ですべての行為の違法事由を主張すべきものとするのは不可能を強いるものであって妥当でない。

イ また、別件訴訟における違法事由と本件訴訟における違法事由とは、いわばその平面ないし性格を異にするものと考えられる。すなわち、本件訴訟における違法事由は契約締結の手続固有の違法であるから、契約の締結手続が違法と判断されたならば、再度適正な手続によって契約を締結すれば足りることである。このように、違法事由の性格が異なる以上、これを別個の訴訟で扱って差し支えないとも考えられるのである。

(2) しかしながら、先に検討したように、事業が進行するに伴い個々の契約が締結され、支出命令がされてゆくのであるから、別件訴訟の対象も、締結された個々の契約に基づく支出命令の差止めと未締結の契約等の差止めに具体化されてゆくものであって、現に、本件訴訟が提起された段階では、別件訴訟は、未締結の契約等の締結の差止め並びに本件杭打工事請負契約及び本件プラント工事請負変更契約等の既に締結された契約に基づく支出命令の差止めを求めることに帰したものである。そうすると、別件訴訟においても、本件各契約が締結された時点では、違法事由として、本件訴訟において主張する事由を追加することに特段の困難ないし不都合はないと考えられる。

また、本件訴訟が提起された時点においては、別件訴訟における差止めの対象も本件訴訟における差止めの対象とほぼ重複するに至ったものであるから、別件訴訟において一括してその財務会計上の行為の違法性を判断するのが相当となるに至ったということができる。

(3) しかも、原告らは、本件訴訟において訴えを却下されることをおもんぱかってではあるにしても、本件訴訟で主張する各契約締結の違法事由を別件訴訟においても追加したのであるから、本件訴訟は全く同一事項にわたる二重の訴訟となるに至ったものである。

4  なお、別件訴訟において、原告らが本件訴訟で主張する違法事由を主張することに差しさわりがないかについて、念のため検討しておくこととする。

(一)  原告らのうち別件においても原告らとなっている者(原告らのうち、原告広瀬勝子、同山近勉及び同奥野卓己を除く者)は、本件各工事請負契約が締結された平成五年一月二一日の翌日に第二次監査請求を行っているから、別件訴訟において新たな違法事由を主張することができると解されるし、前記1(一)(7)摘示のとおり現に主張している。

(二)  次に、原告らのうち別件において原告となっていなかった者(原告広瀬勝子、同山近勉及び同奥野卓己)は、第二次監査請求を行っているものの第一次監査請求には加わっていない。そこで、これらの者が別件訴訟に参加して本件訴訟の違法事由を主張することができるかどうかが問題となるところ、これらの者については、行政事件訴訟法二二条に基づく訴訟参加は認められないとしても、民事訴訟法による参加の余地がないわけではないから、本件訴訟を提起しなくても別件訴訟において本件訴訟の違法事由を主張することが可能と考えられる。

5  以上に検討したところによれば、本件の訴えは、別件訴訟の原告ともなっている者については二重起訴の禁止に触れるものであり、別件訴訟の原告となっていない者については地方自治法の別訴禁止の規定に触れるものであって、結局、本件の訴えは全体として不適法となるというべきである。

二  よって、原告らの本件各訴えは、そのほかの訴訟要件について判断するまでもなく、不適法というべきであるからいずれもこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井俊 鎌田豊彦 細矢郁)

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